伝承・伝説 お光さんの水かけ
米作りに水がなければ、収穫もありません。
寒水町にお光という60歳すぎの、夫をなくし一人暮らしをしている女がいました。お光さんは、水掛かりのよい田を6反ほど耕していました。
しかし、一人暮らしの女の悲しさで、せっかく掛けた水も男たちにゴッソリ盗まれてしまいます。毎年、除草用のガンヅメ(鉄製の熊手)も打ち込めないほど地面が乾燥し、苦労していました。
ある年のこと、干ばつのため、稲は枯死寸前、百姓は田の草もとれません。溝や堀の水はもちろん、水という水を桶でくみ上げるのに一生懸命でした。
真夏の太陽が体をただれさせるのではないかと思うほどの灼熱が続きました。あと5日も雨が降らなければ稲は枯れてしまうまでになったのです。その時、村役から綾部新塘からの最後の水取りのふれが出されました。百姓たちは、目の色を変えて立ち上がりました。ところがお光さんは、水取りの日、頭が痛いと井堰の番の工役にも出ずに布団をかぶって昼寝してしまいました。
しかし、夜もふけたころ、お光さんはツト起き上がりました。そして、髪を乱し白粉で厚化粧するや、白い着物を着て家を出たのです。
男たちは、宵闇の迫るころから、水番のため、隣近所の男の出入りに目を光らせています。そのころ、弥一という強欲な若者が4度目の見回りに出かけました。昼間は暑くても、夜半は、土の湿りが足の裏に心地よく感じられます。
南裏のハゼ畑を斜めに突っ走り、庚申森を抜けようと、小道まで覆いかぶさる松や櫟の枝の下を急いでいました。
その時、「ガサッ」。潅木の茂みに音がしたかと思うと、ボーっと灯りが見えたのです。「ワーッ!」とたんに弥一は叫び、その場で腰を抜かしてしまいました。目の前には唇が耳まで裂けた鬼女が、ざんばら髪を振り乱して、ウウウと吼え怒る呪いのうめき声をあげているのです。「ゆっ、幽霊!」さすがに強欲な弥一も、魂の消えるような悲鳴をあげて、慌てて立ち上がり一目散に逃げ出しました。
なんと幽霊の正体はお光さんでした。お光さんは、一日中寝て体を休め、男たちを追い払う計画を立てていたのでした。くしを咥え、うめき声をあげると、後からきた男たちも逃げていってしまいました。お光さんは悠々と自分の田にたっぷりと水を入れることができました。
その後、村人たちの間には、お光幽霊の名が広まったということです。
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